午前1時を回った。
さぁ、魔術師の宴を始めよう。
新都。昼間は人が行き交い、様々なビルが乱立する、冬木の最先端。
だが、今ここは、
改めて心に刻み、俺は新都に足を踏み入れた。
「いい士郎? 今回はあの白猫を確実に捕える事。あの性根の曲がった使い魔に、主の居所を吐いてもらうんだから!」
いや、そもそもの目的は聖杯なんだから、使い魔程度はどうでもいいんじゃぁ、ということは呟くことすら出来ない。
だって、あんなに
「ところで凛。その白猫とやらを捕まえてマスターを探ったとして、どうするつもりなんです?」
今回は、とついてきたセイバーが、あっさりと聞きにくいことを聞いてくれた。
そっか、そういやセイバーは白猫と会ってないんだっけ。なら、その白猫がどういう奴かってことも知らないか。
セイバーの言葉に、遠坂の邪気が僅かに減少。……細かいことは考えてなかったな、あれ。
「えっと……取り敢えず、そのマスターと交渉して、出来るなら共闘。最低でもマスターとしての権限は破棄させたいわね」
遠坂は冷静に言ってはいるけれど、それは中々無理な注文だ。魔術師は本来、根源の渦に到達することは元より、極めて私利私欲に富んだ者ばかりだ。時計塔の中だってそれに満ち溢れていたのに、この地に集まる者たちが俺たちのように行動するとは、到底思えない。
まぁ、それを言うならゼフィリアに交渉を持ちかけた俺はどうだ? という話になるんだが、それはそれ。何事もやってみなければわからない。
だから、その私利私欲に満ち溢れた者たちの中に、酔狂で付き合う者も居るかもしれない。その一縷の望みをかけて交渉するのも無駄ではないだろう。
「マスター権限を破棄………つまり、サーヴァントを手放せと、そう言いたいのですか?」
俄かに困惑に揺れる顔で、セイバーが問うた。
確かに、マスターに対してサーヴァントを手放せ、なんてことを言うのは、無理難題だろうけど……。
「そう……ね。到底、無理な話でしょうけど」
遠坂の顔が曇る。遠坂だって、解ってはいるんだ。
そも、俺よりも魔術師然とした遠坂だ。魔術師の本質は嫌と言うほど解っているだろう。
しかし、自らのそれを封じてまで、聖杯の復活を止めようともがいている。
あれは
それほどに、あの泥はおぞましいものなのだ。
「……私はサーヴァントとして、その決定に異論を挟む余地はありません。しかし、一人の人間として、その行動を賞賛しましょう」
セイバーが柔らかな笑顔で遠坂を励ます。遠坂もそれをみて、表情から険が取れた。
「そうね。私達は間違ったことはしていない。他人から揶揄されても、私達は信じた道を突き進むのみよ!」
セイバーの言葉のお陰か、遠坂も元の調子に戻ったようだ。俯いたままの遠坂なんて、らしくないもんなぁ……。
それよりも―――――――――
「『シキ』……か」
朝から考えて、今も頭から離れない名前。
脳裏を過るのは、ずっと同じ疑問だ。つまり、『彼』なのか、そうではないのか。
「『シキ』? 一体なんですか、それは?」
俺の呟きに、セイバーが聞き返してきた。そういえば、セイバーにはまだ言ってなかったっけ?
「……シキっていうのは、
いや、何が衝撃的だったって、腑海林の中で何事も無いような身のこなしといい、ナイフ一本で切り結ぶ動きといい、人間とは思えない程だったし。
今考えてみれば、あのナイフって一種の魔術礼装だったんだろうか?
「ほほぅ、それがこの場で、どのように関連があると?」
言葉に若干棘がある気がするけれど、詰問、というよりは興味で聞いているのか、その顔に険は見られない。
「いや、昨日戦った白猫がさ、『シキ』がどうこうって言ってて――――――」
言い切るより先に、セイバーが今まで歩いていきた道を睨んでいる。表情は緩から緊へ。
背後に気を向けてみれば、成程、確かに人の気配がある。さりとて、それが一般人ならセイバーもこんな顔はしないだろう。
一息いれ、慎重に背後に向き直る。そこに立っていたのは――――――――
「やぁ、御久しぶり、というべきかな? 士郎」
準備は整った。とは言え、戦争に赴くように色々なもんを体に巻きつけるわけではないけれど……。
いや、戦争といえば戦争なんだけどね。
体は極端なまでに軽装。ぴっちりとしたボディスーツに、邪魔にならぬようベルトで軽く締めたパンツ。靴はありふれたスニーカーだが、
ベルトにはマガジン・ポーチが3つ。中身は魔術用の触媒をそれぞれ別のものを入れてある。使う機会は無いとは思うが、念のため。更にベルトには投げナイフが5本。先輩が教えてくれたアレを使うために持ってきたけど、今のトコ成功率は五分五分なので実戦では使う機会が無いことを祈ろう。
そして極めつけ。とある封印指定の人形師を探して作ってもらった、視覚の代替機能をもつ包帯を目の辺りを中心に巻きつける。これは無駄な魔眼の使用を抑えるため。眼鏡だけでは、如何せん激しい動きをしたときにずれてしまう。まぁ、夜中は眼鏡だけでは抑えきれなくなった、というのが本音なんだが……。
「志貴、やはり戦闘は私に任せて、貴方は後方から指示を……」
「別に、サーヴァント相手に無理矢理戦おう、なんて思ってないから大丈夫だよ。ディフェンダーはマスターからサーヴァントを引き離してくれれば、それでいいから」
俺の心配をしてくれるディフェンダーを制して、俺は既定の事項を伝えて靴の調子を確かめる。うん、余計な隙間は無い。これなら多少の無茶は許容できる。
と、シオンも用意が出来たらしく、部屋から出てきた。
服はいつもどおり、軍人のようなあの紫の服だ。
「遅くなりました、志貴」
「うん、万端みたいだね」
エーテライトと銃。これ以外の装備は邪魔になるだけだ。
ただし、彼女の腰にはポーチが巻きつけてあって、その中は恐らく魔術礼装、若しくはそれに順ずるものだろう。魔術師相手では、準備に越したものはない。
そう、この世で最も恐ろしいのは
「さて、じゃあレンたちは留守番な?」
振り返ればそこにレンとアリスが――――――不満顔で―――――――佇んでいた。
「………………………」
「……マスターである志貴がそういうんだから従うけど、ピンチになったら呼んでよね? マスターが死んでしまうような時に何も出来なかった使い魔なんて、恥以上に屈辱だわ」
レンは静かに頷き、アリスは口端はきついが、心配してくれた。
二人の気持ちが何となく嬉しくて、二人の頭を撫でた。
「♪」
「……絶対、帰ってきてよね」
二人が二人とも違う反応を返してきたのを受け止め、ゆっくりと手を離した。
多分、表情を上手く作れていないと思ったので、すぐにシオンたちに向き直る。レンたちの願いは、今でなくとも、そう遠くない未来にやってくる現実を表しているように思えたから……。
「じゃあ、行こうか」
俺が促すと、シオンとディフェンダーは力強く頷いてくれた。
その反応が頼もしく、嬉しく思いながら、俺たちはホテルを後にした。
「とは言え、どうしたもんかなぁ」
ホテルのロビーを出たあたりで、考えてみれば具体的にどこを歩くか考えていなかったことを思い出し、思わず嘆息した。
「どうしたのですか、志貴?」
「いや、どこを回ろうかと思ってさ」
新都を中心に回るとはいえ、1つの街と考えれば相当な大きさだ。その上、俺もシオンもこの街を住処としているわけではない。どこに何があるか、どこをどう行けば近いかなど、紙の上の情報は頭にあるとは言え、住み慣れた者特有の勘は持ち合わせていない。故に、ただ漠然と歩き回らなければならないのだ。
と、解答は意外にもすぐに出てきた。
「では、まずは橋へ向かいましょう」
そう言ったのは――――――言わずもがな、だが―――――――シオンだった。
「橋?」
とは言え、その意図が見えないと賛同しかねる。もしあてずっぽうに言ってるなら、ある程度討議する必要が出てくる。まぁ、シオンに限って在り得ないことだと思うけど……。
「はい。未遠川に掛けられた深山と新都を結ぶ橋。これは同時に、1つの壁でもあります」
シオンの言葉を反芻し、噛み砕くと、ピンと来た。
「つまり、新都から深山にいくにも、その逆にも、ここを使うしかない?」
頭に記憶させた地図を思い出せば、成程、未遠川に掛けられた橋はこれ1つだ。
方法を考えれば行き来する方法はいくらでも出てくるが、最も目立たないのは橋を渡ることだ。だが逆に、ここを見張れる場所で待ち伏せをされていれば――――
「はい。待ち伏せをしている魔術師もいる可能性もあります。もしかしたら、往来する魔術師と鉢合わせをすることもあるやもしれません」
「そしてそのまま戦いに持ち込めば、こちらのもの……か」
敵を誘って戦っていくという戦法を選択した俺たちにとって、それは最も早く決着を付けられるであろう方法だった。
だとすれば、もう一人の戦闘者に意見を聞いとく必要がある。
「ディフェンダーはどう思う?」
「そうですね、いい兵法と思われます。初撃さえ防げばいいのであれば、用心している間は確実に防げます」
自信たっぷりに、ディフェンダーはすらすらと言葉を紡いだ。
ともあれ、反対意見もないようだ。
ならば、ゆっくりと、誘いの餌に獲物がかかるよう、のんびりと行こうではないか。
―――――そして、俺は懐かしい顔と再会することとなった。
「やぁ、御久しぶり、というべきかな? 士郎」
瞬間に我が目を疑い、次いで絶望に塗りつぶされた。
手に持っている飛び出し式のナイフ――――――――――居なければいいと思った
平均的な身長に引き締まった肉体―――――――――――戦いたくないと思った
そして特徴的な、眼を覆う包帯――――――――――――何故なら
―――――――――――このヒトには、勝てる気がしなかったから――――――――――
「志……貴?」
「うん。覚えてくれていて何よりだ」
相対する青年―――――志貴は、朗らかに答えた。
その様子だけをみれば、旧友に会うようにフランク。なれど、そこに纏う空気は異常だ。
セイバーもその気配を察したのか、それとも彼の傍に控える女性――――――紫の服と、黄色いワンピースの二人――――――に注意を向けたのか。念のために今朝投影しておいたデュランダルを構える。
真名を気取られずに宝具を使用する方法としてデュランダルを持たせたんだが……これでは意味がない。下手をすれば、
そして後ろでは、身構える気配がした。遠坂も、この異常な事態に気がついたらしい。
「………どうして……こんな所に?」
情けなくなるほど、喉が枯れていた。
これは望み。聖杯戦争に参加していないという、在り得ない仮定を信じて志貴に問いかける。
だが、結果は無情なものだ。
「どうしてもこうしても、俺たちが此処に居る理由なんてひとつしかないだろう?」
その言葉が、最終勧告だった。
志貴は、これ以上ないほど明確に参加の意を示してきた。
でも、もしかしたら、と。可能性を信じて、今度は気を張って言葉を紡ぐ。
「志貴。出来れば、話したいことがある」
この聖杯戦争は間違っているということ。聖杯は本来の機能を覆し、唯死体の畑を作り出すだけの道具となってしまったこと。そして、それを阻止するために、味方になってほしいこと。そうすれば、少なくとも戦う理由は無くなる。
しかし――――――
「それは共同戦線を張りたいとか、そういう話? だったら、受け入れることは出来ない」
「――――――っ! どうして!?」
志貴の言葉に、思わず怒鳴ってしまう。理由も何も聞かず、唯断ると言う意思を示してきた志貴に対して。
「理由もなにも、今は必要ない。君がヒトを救いたいと願っていることは知っている。俺だって、できれば殺し合いなんてしたくないさ。でもね、それが必要だというのなら、俺は死神にでも何にでも、なって見せる」
それが全てさ、と閉じて、志貴は言葉を終えた。
交渉は場に乗り上げる事無く終えた。あとは、戦うのみ。
とは言え、今俺にはこのヒトに確実に勝てるという確証を見出せない。幸いというべきか、志貴はあの眼を開放していない。ならば、今は彼の切り札が発動しないということ。しかし、その気になれば一瞬にして俺を殺すことも可能なはず。少なくとも、投影をする隙を作れるなら――――――
「戦うっていうんなら、こっちから行くわよ!!」
思考を中断させたのは、意外にも後ろから聞こえた遠坂の声だった。次いで、明らかに殺傷力を持っていそうな発射音が3回。
俺の脇を通過したのは、遠坂十八番のガンド。そして3発が一点―――――――志貴に向かって飛んでいった。だが――――――
「やれやれ。血の気が多いね」
「――――――! 凛、いけません!!」
セイバーの叫びも、もう遅い。志貴は既に行動を開始していた。
志貴は飛んできたガンドを伏せて避けた。両脇にいた二人の女性も、それぞれ半身にすることでガンドを避ける。
そして、次の瞬間には、志貴の姿が消えていた。
「っ――――!! 遠坂!」
慌てて遠坂の方を振り返るが、そこには既に―――――
「危ないなぁ。せめて宣戦布告くらいしてくれないとやり難いったらありゃしない」
包帯を外した志貴が、静かに佇んでいた。
遠坂から距離として2、3歩。
「!」
今更ながらに気がついた遠坂が至近距離から一発ガンドを放った。流石に避ける暇は無い。
しかし、それは志貴に届くことは無かった。
志貴が右手に持ったナイフを軽く振るうと、ナイフに当たったガンドは真っ二つに割れ、霧散した。
「―――――嘘…!」
ガンドが割れる……否、消滅させられる。それは本来、想定し難い事態だ。ましてや、ナイフを振るうだけで魔術を消すなど、並みの魔術師が為せる芸当ではない。
呆然とする遠坂に、志貴が左手で抜き放った何かを投げつける。
遠坂はその動作に反応し、紙一重ながら確実にそれを避けた。
1本目、体を右に逸らして避ける。
2本目、やや高めに放たれたそれを、姿勢を低くして避けた。
3本目―――――を首を曲げることで避けたにもかかわらず、その体は何かで殴りつけられたように吹き飛ばされた。
「がっ――――ぐっ!!」
遠坂は街路樹に叩きつけられ、さらにずり落ちそうになった体を、志貴が首を押さえることによって止められる。
だが、今の技。あれは確か、教会の――――――
「なん、で……!? これって、教会の……」
「そう、鉄甲作用。前に先輩に教えてもらってさ。未だ成功率は五分五分な上、ナイフじゃこの程度の威力しか出ない」
鉄甲作用。教会の代行者が使用する黒鍵、それに付随する、衝撃を数十倍にする方法。教会内でも使える者が少なく、しかもまともに扱えるのは第七位の『弓』のみといわれる、門外不出の法。それが魔術なのか体術なのかもわかっていないが………
それを行使する
そう。常識が通じない相手ならば、
「さて…こっちも避けられる戦いはしたくない。この子の命が惜しいなら、大人しく――――――」
「はぁぁぁぁああああああ!!!」
志貴が口上を終える前にセイバーが突進する。ラインを使って指示したが、どうやら感づかれなかったようだ。
しかし、大上段で振り下ろされた聖剣は、彼の体を両断することは無かった。
剣は地のタイルを穿つに留まり、その周りには一滴の血痕も無い。
彼は、セイバーの動きを察知した途端に遠坂から手を離して、一瞬にして数メートルの距離を離したのだ。
「大丈夫ですか、凛?」
「……えぇ、大丈夫。ありがとうセイバー」
セイバーはすぐに遠坂を背に隠し、志貴と相対した。
当方きっての最優のサーヴァント、セイバー。だが、その表情は厳しい。
そして、遠坂も志貴を驚愕の目で見ている。恐らく、俺の顔も同じようになっていることだろう。
動きを見切らせなかった。奇襲を回避した。これだけなら驚くようなことではない。
しかし、それが
動きだけでも、英霊に匹敵する人間。
「……ふぅ、やっぱり英霊相手じゃ適わないな。……ディフェンダー」
「はい」
ディフェンダー、という呼びかけに対して返事をしたのは、黄色いワンピースを着た方の子だった。
彼女の周囲にエーテルが乱舞したと思った次の瞬間には、鎧を纏う戦士の姿に変身していた。
様式を見ればセイバーのそれに近い。違いといえば此方のほうが重装備だということだろうか。頭部を護るヘルムに、胸の辺りを護る部分は重々しく見える。更に決定的な違いはその手に持つものだ。
その手に持つものは槍。ただし、スピアではなくランスの類。斬ることを度外視し、突くことを極端に求めたそのフォルムは、さながら1つの塔のようにも見える。
「ディフェンダーはこのサーヴァントを相手にしてくれ。俺は――――――魔術師をやる」
瞬間、背筋が粟立った。
志貴の眼は、確実に俺を射抜いていた。
「そうですか……。では、私はそちらの赤い魔術師をやるとしましょう」
背後、残る紫の女性が宣誓する。
すぐにでも遠坂を護りに行きたいところだが、俺の一挙手一投足は志貴に見られている。下手に隙を見せれば、その瞬間に首は胴を離れていることだろう。
「セイバーのサーヴァント。マスターの邪魔はしたくありません。場所を移しませんか?」
「……同意だ。後顧の憂いがなければ、貴様などすぐさま地に伏させてくれる、ディフェンダー!」
掛け声と共に、セイバーたちの姿が消える。恐らく、目で追えないほどの速度で移動したんだろう。
セイバーは強い。だから、大丈夫だと自分に言い聞かせて、改めて志貴を見る。
志貴の姿はあくまで自然体。身構えるわけでも、姿勢を変えるわけでもない。
「
手に取るは干将・莫耶。最も使い慣れた2刀を手に持って、しかし焦燥感は消え去りはしない。
もとより壊れやすいもの。
俺が2刀を構える間も、志貴は動かない。……待っている?
「さて、始めようか。―――――闘争を」
志貴の呟きを合図に、戦争が開始された。
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